大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)619号 判決

控訴人 木村喜一

被控訴人 株式会社山田硝子店

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

〈省略〉控訴代理人において、訴外喜多幸雄の父喜多豊吉と控訴人の父木村市松はその妻同志が姉妹であり、かつ控訴人の妹ヨシヱが喜多幸雄の長兄角一の妻となっている関係にあるところから、昭和二八年四月五日喜多豊吉夫妻が控訴人に対し、債権者から硝子の型を差押えられるので、控訴人の名前を貸してくれる様に頼まれ、控訴人は型の所有名義人を控訴人とする意味と解して右申入を承諾したことがあるが、家屋の所有名義や営業名義の変更方を頼まれたことはなく、銀行取引や手形振出につき控訴人の名義を貸与することを承諾したことはない。また喜多方の営業所は南方特殊硝子製造所の看板が掲げられていたままで、控訴人名義即ち浪速硝子店木村喜一の看板又は表札が掲げられたことは一度もなく、両者の間に名板貸の関係は存在しない。喜多幸雄は昭和二四年六月頃以降父豊吉と同居して豊吉の営む硝子製造業を補助し、同人の死亡後である昭和三五年五月頃からこれを自己の営業として営むに至ったもので、幸雄には強盗傷人等の前科があるので、これが隠蔽又は脱税の目的のために他人の名義を冒用する習癖があり、控訴人の名義を冒用した例も三度(昭和二八年九月に大阪市西淀川区佃町六丁目の宅地を買入れた際及び昭和三四年一月に右地上の建物を保存登記した際並びに昭和三五年四月に同市東淀川区西中島町二丁目の建物を買受けた際)あり、右の外にも電話加入権が控訴人名義とされ、差押を受けたことがある。

被控訴会社の専務取締役間地初男は、一六・七年間も同社に勤め硝子業界の生辞引的存在で、喜多幸雄とは七・八年前より取引をしていたものであるから、本件手形振出人肩書住所に「浪速硝子店こと木村喜一」なる者が存在しないことは知悉していたものであるに拘らず、幸雄に対する債権が貸倒れになったため、同人と通謀し、敢えて控訴人に対する手形金請求を為すに至ったものであるから、本訴請求は理由がない。〈省略〉甲第一、二号証、同第五ないし一一号証の約束手形中の振出人の記名印及び名下の印影の真正なることも否認する、と述べ〈省略〉

原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

本件手形に該当する甲第一、二号証、同第五ないし一一号証の振出人記名及び名下の印影はいずれも控訴人において否認するところであって、被控訴人の全立証によるも、右記名捺印が真正のものであることを確認し得ないから、右甲号各証は控訴人によって作成されたものと認めるに由なく、従って本件手形は控訴人自身によって振出されたものと認めることはできない。よって控訴人本人の振出を前提とする被控訴人の主張は採用できない。

次に被控訴人は本件手形は仮りに控訴人本人が振出したものでないとしても、訴外喜多幸雄が代理権に基き署名代理によって振出したものであるから、控訴人は振出人としての責任がある旨主張するので按ずるに、控訴人と訴外喜多幸雄の身分関係が控訴人主張のとおりであることに当事者間に争がなく、〈省略〉諸証拠を綜合すると、訴外喜多幸雄は昭和三五年四月頃から、父豊吉(大正一五年頃からガラス製造業を営んでいたもの)死亡の跡を受けて大阪市東淀川区西中島町二丁目一七番地において、「南方特殊硝子製造所」なる名称でガラスの製造工場を経営しているものであるところ、父豊吉経営当時の昭和二七、八年頃負債のため倒産に瀕した際、豊吉より控訴人に対し「商売上都合の悪るいことがあるので表札を貸してほしい」と暗に同人の営業につき控訴人の名義の使用許諾方を求め、その承諾を得た事実があること、その後間もなく、当時豊吉に代り事実上右工場経営の任に当っていた同人の長男角一(昭和三〇年八月死亡)において、「浪速硝子店木村喜一なるゴム記名判と「木村」なる印鑑(いづれも本件手形に押捺されているもの)を調製し、爾来豊吉又は角一においてこれを使用して控訴人木村喜一名義をもって銀行取引をなし、又手形を振出していたので、幸雄も豊吉から事業を承継して後、改めて控訴人から承諾を求めることなく、従前どうり右ゴム記名判と印鑑を使用して「浪速硝子店木村喜一」名義をもって約束手形を振出し主として取引先(昭和二五年頃からの製品納入先)の被控訴人Aから借受けた融資手形に対する見返えりとして差入れていたこと(昭和三六年頃から以後は木村喜一名義の銀行取引口座がなくなったので、幸雄が手形の支払期日に被控訴会社へ現金を持参して決済し、本件手形以前に振出したものは全部決済された。なお幸雄は通常の取引関係の支払については、南方特殊硝子製造所代表者喜多幸雄名義の手形を振出していた)、そのほか豊吉は昭和二八年九月西淀川区佃町六丁目三七番地所在の宅地を買受けた際、控訴人名義をもって所有権取得登記をなし、昭和三四年一月同地上の建物につき保存登記をなす際にも控訴人名義を使用し、また幸雄も昭和三五年四月豊吉死亡直後に東淀川区西中島町二丁目一七番地所在の南方特殊硝子製造所の工場建物につき控訴人名義をもって所有権取得登記をなし、かつその頃右工場に架設した電話についても控訴人を加入名義者として登録を受けたが、右各登記、登録については控訴人も少くとも暗黙に了承していたことを認めることができる。〈省略〉しかし控訴人は豊吉ないし幸雄に対し控訴人名義をもって手形を振出すことまでは承諾しておらず、従って控訴人は自己名義の手形が振出されていることは昭和三六、七年頃幸雄の兄菊一より聞知するまでは全く知らず、これを知った後においても、自分に責任はなく、幸雄が勝手にやったことだから同人において解決すべき問題であるとして放置していたに止まり、幸雄に対し控訴人名義をもって手形を振出すことを黙示的にも許容した事実は全くなく、本件手形は幸雄が控訴人に無断で恣に前示印刷を使用して作成振出したものであることを認めることができ、右認定を覆すに足る確証はないから、本件手形上の振出人の記名捺印は署名代理と認めるに由がない。

被控訴人は、控訴人が喜多幸雄に対し控訴人名義で営業取引をすることを許諾した以上は、手形振出もこれに含まれるから、本件手形は控訴人のための署名代理となる旨主張するが、署名代理も代理行為の一種である以上、署名者は代理人たる意思を有しその資格で(しかも本来はその代理資格を表示して)手形行為をなすものでなければならない(従って、もし無権限でこれを行えば、無権代理となる)ところ、被控訴人の主張するような営業名義の使用許諾に基きその資格で手形行為を為す場合は、その署名者は借用名義の本人となる意思で(即ち、名義貸主本人を仮装して)直接に名義貸主本人の署名を為すものであって、その行為には何等代理方式の介在を要しない(名義貸主を本人とし、借主を代理人と表示して行為をすることは、むしろ名義貸の性質と矛盾するであろう)から、代理意思の存在を認める余地なく、右の名義貸主名義の署名が偶々外形上は署名代理と一致しても、この行為を以て署名代理と認める訳にはゆかない(従って、もし名義貸主の許諾なくしてこれを行えば、明白な手形偽造であって、無権限署名代理又は無権代理ではない)。署名代理は、代理資格の省略された変則的なものであるから、偶々署名代理と推定又は同視すべきでなく、代理意思の欠缺するもの、代理行為の介在しないものは、これを別種の行為と認むべきことは当然である。そうすれば、本件営業主名義使用許諾中に、仮に被控訴人主張の通り手形行為が含まれているとしても、そのことから直ちに本件手形につき署名代理は肯定できない。従って代理振出を前提とする被控訴人の主張も理由がない。

そこで進んで被控訴人の名板貸の主張について判断する。

前認定の事実によれば、控訴人は豊吉に対し、同人の前示営業につき自己の氏名を使用することを許諾し、豊吉の営業を承継した幸雄に対しても引続き許諾を与えていたものと認めるを相当とするところ、控訴人が右名義貸の責任を負うのは、控訴人を営業主であると誤認して取引をなした第三者に対してのみであるから(商法二三条)、以下本件手形取引につき、被控訴人側に右誤認が存したかどうかについて考えるに、甲第一、二、五ないし一一号証の振出人肩書記載及び〈省略〉その他の証拠を綜合すると、控訴人は日本金網株式会社に勤務する会社従業員であって、その住所は大阪市大淀区長柄橋本通三丁目に在り、本件手形上の振出人名義は「大阪市東淀川区西町一三六番地、浪速硝子店、木村喜一」であって、前記喜多幸雄の営業所兼工場所在地は同市東淀川区西中島町二丁目(手形裏書人住所としては同市同区南方町八四四番地)であるところ、被控訴人は喜多幸雄より本件手形を取得(幸雄に対する被控訴人振出の融通手形に対する見返えりとして交換的に受取ったもの)するに際し「木村喜一」なる者の実体を何も知らず、その者は多分実在し、幸雄の営業の協力者ではないかと一方的に想像した程度であり、しかも「浪速硝子店」とその肩書住所は虚偽、架空のもので、幸雄の営む「南方特殊硝子」が使用している仮の名義と考え、「木村喜一」として表示されている者を手形割引の相手としては特に眼中に置くことなく、固より信用調査もせず、専ら昭和二五年頃以来の取引先であった喜多一家の営業主の資力を信じて本件手形を受取ったこと、しかも本件手形の一部(甲第一ないし八号証)には「南方特殊硝子製造所、代表者喜多幸雄」の裏書があるけれども、一部(甲第九ないし一一号証)は控訴人振出名義の単名手形であり、また本件以前の初めの内の控訴人振出名義の手形も単名手形のまま受取っていたことが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。右認定事実によると、被控訴人は、本件手形は取引の相手方である南方特殊硝子製造所の営業所の営業主である喜多幸雄が、何らかの理由により「浪速硝子店木村喜一」なる名義を仮用して振出したものと解し、浪速硝子店なるものが実在し、その営業主である控訴人が振出したものとは決して考えていなかったことを推測するに十分であるから、本件は商法第二三条に所謂取引の相手方である営業主を控訴人(名義貸主)と誤認した場合に該当しないことが明白である。そうすれば、控訴人は名板貸の責任を負担することはなく、この点の被控訴人の主張も結局理由がない

〈省略〉そうすれば、本件手形につき控訴人がその振出人としての義務を負担するについての根拠としての被控訴人の主張はすべて失当であるから、本訴請求は理由がなく棄却を免れない。〈以下省略〉。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例